トンボ

 神霊世界を語る言葉に「トンボ」があります。トンボ?。夕焼け小焼けの赤トンボのトンボ
のことではありません。
 歌舞伎用語にトンボがあります。舞台で切られたり投げられたりした役者さんが、宙返り
をされる時にも使われます。
 飛んでいたトンボが、急に身をひるがえす様をトンボがえりと言いますが、それに似た症
状から「トンボ」と呼ばれているのかと推察します。
 辞書を調べても、この内容は実際に見た人が限られていることから、世間一般にはまっ
たく知られていない言葉です。

 日本神道で、神霊と語る場にサニワ(審神)者と神霊の寄り代としての霊媒を置きます。
そうした霊媒は通常は神主と呼ばれますが、女性の場合は巫女とも言います。元々、巫女
とは神の寄り代を生業にしていた者を指すのです。
 ですから、神主であろうと巫女であろうと、神と語れてこそ本物であり、神と語れない者は
本当の意味の神主でも巫女でもないとなります。そうした意味では現代の神主や巫女はイ
ミテーションと言えます。
 神社に行きましても、神と語れる神主さんや巫女さんは限られてしまっています。大多数
の方は神も見えないし語れないからです。

 そうした霊媒に呼び出された神霊が懸かった時、正座している霊媒者が正座したまま、
空中に飛んで半回転してドスンと落ちて来ます。これをトンボと言うと、サニワの本などに
は書かれています。
 世の中には霊に懸かられて口を切るという方はあるようですが、このトンボが出来ていな
い状態では何が懸かるか解らない霊媒者で、高級神霊の寄り台ではないとも言われてい
ます。

 私がお世話になっていた伏見稲荷大社講務本庁の支部は、某市の三大神社の一つで
ある稲荷神社であり、当時の支部は社務所の中に併発されていました。女先生は神社の
お祭りと伏見稲荷大社講務本庁の支部のお祭りとをされていたわけです。
 どの神社でも月並祭があります。当然に支部でも神社の月並祭とは別に社務所の中で
月並祭が行われます。支部の月並祭はお昼を挟んだ午前の部と、私の様にサラリーマン
をしている者は夜でないと行けないもので、夜の部の二回に分けて行われていました。
 月並祭で女先生が祈祷に入られると、俗に言う神憑り現象が起きることが多く、多くの信
徒さんはその時に女先生の元に近づいて、御神霊から何かと教えてもらえることを期待し
て前の方に座を占めています。
 私は月並祭の時には講員さんのお世話役に徹している霊媒者の○○さんと、一番後ろ
の方に離れて座っていました。
 私の信仰スタイルは、神様から何かをして貰う現世御利益信仰ではありません。自分の
身に起きる出来事は自分の力で解決して行く。ですから、別に神様に何かをしてくださいと
頼むこともないので、後ろに座していたわけです。
 その時の月並祭ではご祈祷が行われても御神霊の降下がなかったようで、前に座って
いた方達も少し後ろに座って直会(なおらい)の座となりました。
 直会では、講員さんの中におせちに卵焼きや煮染め、いなり寿司を詰め込んで持って来
られる方達があります。御神霊にお供えです。それを皆で分け合って食べるわけです。お
酒などはいくらでも奉納されていますから、お酒も出ます。霊媒者である○○さんなどは、
お燗付けなどの世話をされるわけです。
 直会に入ると、講員さん達は女先生を置いて、講員さん同士の談笑にふけっておられま
す。私が女先生をふと見ると、御神霊が女先生の体に降下されている。ありゃ、誰も解って
おらんではないかです。
 私は女先生の元に近づいて、困ったものですね。誰も神が降りて来ておられることに気
付いていませんよ。どうされますかと聞きました。
 すると女先生に入っている御神霊は、誰も私に聞きたくてうずうずしているのに、私が来
ていることに気付いておらん。
 そこで、私は言いました。皆に知らせましょうか?。すると、せずともよいと言われます。
私と御神霊が降下された女先生とでひそひそ話をしている様子を見て、何かあるのかと解
った講員さんが側に来られたので、私は小声で神が降りておられる。皆に解らないように
聞きたいことがあれば聞きなさいと告げました。
 それが終わった後、女先生に入った御神霊、こうした場合を入神と言いますが、つまらな
いから伏見山に帰ることにすると言われます。
 そこで、私はお帰りなされるがいいでしょうと言いました。

 すると、女先生が大声で「帰る」と言われます。そこで、談笑していた講員さん達はびっく
りして女先生の方を見た時、女先生の体は正座したまま空中に飛び上がって、180度の
半回転でドスンと降りて来られて、神棚に向かって柏手を打たれました。
 講員の方々がどよめいて、御神霊が来ておられたのかと知ったしだいです。

 私はこれがトンボと呼ばれるものかと知ったしだいです。その女先生についておられた二
人の霊媒者の方もトンボが出来る方でした。ですから、本物の霊媒者でした。
 女先生と二人の霊媒者による三人の何十回もの連続トンボを見た時、それを見ていた方
の中には恐怖心で腰が抜けた方がありました。
 世に霊能者とか霊媒者と語る方はインチキの方を含めて数多くあるでしょうが、トンボを
見せられる方は僅かでしょう。
 もし、多くの人がこのトンボを知っていれば、オウム真理教の空中浮揚など、笑い話の世
界であると知ることも可能だったでしょう。

戻る
戻る